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カテゴリ:各地の発祥の地

富良野市史に驚愕の記述

[2011 年 9 月 13 日]

ラベンダーの発祥の地に関して記載を重ねてきました。これまでの要点をまとめますと

  • 上富良野町東中地区(1948年)が富良野地方のラベンダー発祥の地で、石碑が設置されている
  • 上富良野町日の出公園にある発祥の地のモニュメントは、行政区域としての発祥を主張しているだけで、日の出地区ではない
  • 中富良野町ファーム富田は東中地区より栽培が10年遅く、ラベンダー「観光」発祥の地と言われる
  • 日本における発祥の地は札幌市で南区南沢地区(1940年)とされているが、西区琴似地区(1939年)との異論あり
  • 富良野市北の峰にある看板にはまったく別の発祥説が記載されているが、記述に根拠がなく信憑性は非常に疑わしい

富良野市発祥説に関して、北海道新聞ふらの面(11年7月14日付)で新たな情報を得ていて

古くは大正初期に富良野市麓郷に導入されたと富良野市史にある

のだそうです。でようやく図書館から『富良野市史』を借りて調べることができました。 (続きを読む…)

北の峰ラベンダー園看板の謎・下

[2011 年 2 月 14 日]

北の峰にある奇妙な看板。改めて書かれている「由来」をもとに、その内容の真偽を確かめます。

大正の初期ライオンはみかぎの小林卯三郎氏が原産地フランスから苗を取り寄せ植え付けたのが始まりと言われている。当時、収入の高い農産物として麓郷地区に多く栽培され香料の原料として出荷されたが科学香料の開発により栽培が縮小された。
このラベンダー園は富良野市の残り少いラベンダーを保存すべく昭和五十五年五月北の峰旅館組合員の手によって麓郷より移植されたものである(面積二十アール)

大正の初期

既に出だしから大きな誤りがあります。明治36年生まれの小林氏が外国語学校を卒業したのが大正14年。昭和2年にデンマークへ留学し、7年にハッカ苗を輸入しています。昭和の初期であればまだ可能性があったのですが。 (続きを読む…)

北の峰ラベンダー園看板の謎・中

[2011 年 2 月 7 日]

唯一の手がかりである小林卯三郎氏の寄稿文をお送りいただけたことで、謎が解明されるかもしれません。その内容を紹介しながら真相に迫ります。


お送りいただいた小冊子『洋種ハッカに青春をかけた小林卯三郎』の目次部分。

このタイトルを読むと、ラベンダーとの関連を密かに匂わせます。洋種ハッカすなわちミントはラベンダーと同じシソ科のハーブとして、北海道でも栽培されていた歴史があります。なんらかの手がかりが得られるかもと期待が膨らむと同時に、単にラベンダーとミントを履き違えただけのような気がしないでもありません。

これまでの富良野のラベンダー栽培史と照らし合わせて、白でも黒でもいいのですが、わずかな手がかりでも得られれば調べた甲斐があるというものです。 (続きを読む…)

北の峰ラベンダー園看板の謎・上

[2011 年 2 月 2 日]

2月です。道内でも日本海側などでは大雪となっているようですが、富良野地方に限っていえば積雪は平年並みか若干少ないようです。気温の方は今が一年を通して底にあたり、連日真冬日で朝は20℃(この時期は氷点下があたりまえなのでいちいちマイナスはつけません)まで冷え込む日もあります。

今回はブログを書き始めて以来、取り上げようと思いつつなかなか書けなかった話題を取り上げます。書けなかった理由は確証を得られなかったため。徒に時間ばかりが過ぎてしまい、私以上のラベンダー歴史マニアのお力をお借りしようと思った次第です、はい。

富良野スキー場のペンション街として発展した富良野市北の峰地区。ホテルベルヒルズさんの一画にラベンダーが植えられています。ここに富良野市観光協会(現・ふらの観光協会)が連名で設置した、実に謎の多い奇妙な看板が設置されています。


「花は5cm位の大きさ」とか「主な生産地は富良野地方のみ」とかツッコミたいところもありますが、以下、由来として書かれた全文。

大正の初期ライオンはみかぎの小林卯三郎氏が原産地フランスから苗を取り寄せ植え付けたのが始まりと言われている。当時、収入の高い農産物として麓郷地区に多く栽培され香料の原料として出荷されたが科学香料の開発により栽培が縮小された。
このラベンダー園は富良野市の残り少いラベンダーを保存すべく昭和五十五年五月北の峰旅館組合員の手によって麓郷より移植されたものである(面積二十アール)

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日本のラベンダー発祥は札幌市

[2010 年 3 月 15 日]

富良野地方におけるラベンダー発祥の地は上富良野町東中地区であること、町内の日の出公園に石碑はあるがその場所自体は発祥の地ではないこと、中富良野町の富田さんは「観光」における発祥の地といえることは以前お伝えしていました。発祥の地を語るときは意識して「富良野地方の」ということを強調してきましたが、では「日本の」ラベンダー発祥の地はどこか、ということはまだ取り上げていませんでした。今回はこの辺を探ってみます。

日本のラベンダー史にはひとつの定説が存在します。1937年、曽田香料(株)の創始者がフランスから種を持ち帰り、試験栽培の結果北海道が適地とわかり、39年札幌工場に、その後札幌市郊外南ノ沢と岩内郡発足村(現・共和町)で商業栽培がはじまったというもの。

上富良野町での契約栽培が始まったのは戦後の48年ですし、富田さんは58年ですから札幌が国内におけるラベンダー発祥の地である、と断言していいようです。 (続きを読む…)

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さとう@管理人

このブログは北海道富良野地方のラベンダー発祥の地・上富良野町東中地区で農的な暮らしを目指している管理人が、富良野を訪れる観光客への有意義な情報の提供と、全国でラベンダーの栽培に取り組む方との交流を目的に作成しています。